無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10918日

憲法記念日 国旗掲揚しない

 平成28年3月31日で仕事を辞めた。定年退職後の再雇用だったが、1年を残して辞めた。損得で言えば明らかに損だ。女房にはいろいろ文句を言われた。また、周囲からは何かやりたいことがあるのですかとよく聞かれたが、そんなものは無い。生きるために生きてきただけで、別に何かをやりたいがために生きてきたわけではないからな。生きる手段として仕事を持ち、家族を養い、子供を育て、両親を見送り、仕事をやめた。あとわしが死ねば1つのサイクルが完結することになるが、さていつのことか。

 去年叔父が亡くなったときに叔母から面白い話を聞いた。うちの一族は癌にならなければ94歳まで生きる長生きの家系らしい。そういえばわしの親父も94歳で死んだ。祖母も、親父のいとこ連中もみんな94歳らしい。これを話してくれた叔母は88歳というので「それではあと6年しかないがな。」と思わず言ってしまった。さすがにムッとしていたな。もっと生きる気らしい。

 3月で辞めたのはこの話も関係している。64で辞めれば丁度あと30年になる。今しかないと思ったな。わしはずっと集文館の3年手帳を使っているが、その4月1日の項目に10950と記入しておいた。365X30で94歳までのおおよその残日数だ。今日5月3日は10918、すでに33日過ぎている。これは無駄なのか。無駄な人生とは何か。そんなものがあるのか。0になるまでじっくり見ていきたい。

それまでHatenaBlogの会社が続くのかが問題だな。

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