無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10914日

 30分ほど前に歩行7000歩が終了し、今日やるべきことはすべてやった。わしが4月に掃除道を始めて以来朝の掃除は掃除機を使用していたが、今日初めてシャープのお掃除ロボットCOCOROBOを使用してみた。女房は以前から使っていたが、わしはこんなもんできれいになるかいと馬鹿にしていたのだ。ところが「わかった」とか「はい」とか「いたた」とかなにやらしゃべりながら部屋中走り回って結構きれいになっていた。なかなかかわいくて働き者だ。

 これを買ったときはシャープがこんなことになるとは思いもしなかった。わしは若い時外国航路のタンカーや貨物船の機関士をしていたのだが、船内には手回し計算機しかなかった。個人的にはそろばんが関の山で、暗算ができる珠算有段者など羨望のまとだったな。そういう状態を風穴をあけたのが小型電卓だった。昭和48年わしが船乗りになった年にでた世界初の液晶表示電卓シャープエルシーメイト EL-805がたしか6〜7千円していたと思うが、わしは迷った挙句にそれではなく15000円くらいしていたナショナルの電卓を購入した。シャープの液晶といえどもまだ当時の液晶は見えにくかった。それを船に持って行って機関長に見せたらえらく気にいったようで、しょっちゅうコンピューターを貸してくれといって借りに来ていた。加減乗除しかできない単なる電卓だったんだけどな。

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