無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10873日

 去年迄やっていた職場の健康診断が今年からなくなった。悪ければ医者に診てもらえばいいのであって、わざわざ悪いところを探しだす必要もないと思っていたんだが、いわなくてもいいのに、最近わしに喘息がでることがあったり、去年は脈が飛ぶ事があったなどと女房が息子に話したんだな。息子は田舎の総合病院で内科医をやっていて、健康診断がないのなら検査をしといたほうがいいというので、朝4時に起きて、JR鈍行で2時間かけて行ってきたよ。

 そりゃ64年も生きていれば体にガタがくるのは当たり前で、探せばいろいろでてくるだろうと想像はしていたが、喘息であることは数値ではっきりしたし、心臓にも何か問題があるらしいということは確定したようだ。心臓の方は放置していいかどうか専門医に聞いてみるとはいっとったが。わしの従兄弟に医者がいるんだがその男は健康診断は受けないといっていた、その理由は、知らなければ気にもならないからだそうだ。

 病院は港町にあるので、行ったらうまいものが食えるという楽しみもあった。病院から20分ほど歩くと港があり、そこにうまい店があるんだよ。今日はそこによって海鮮丼(上)を食べて来たんだが、魚が新鮮で量も多くて他では食べられないな。帰りの特急バスがでる迄2時間ほどあったので港周辺を歩いたりフェリーを眺めたり、買い物をしたりして時間を過ごしたが、すべての道を放擲しての遠出もたまにはいいもんだ。

 だが、明日からはいつもの生活がいつものようにはじまる。

広告を非表示にする