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無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10809日

 1日1回、わし自身が1日が過ぎ去ってもう還らないという事実を実感する瞬間、それがこのブログを書こうとして、あと何日と記入する瞬間だな。この瞬間に一瞬ではあるがわしも覚醒して、自身の歩みののろさにため息がでるんだが、こんなことをすでに100回以上も繰り返している。あと10809回繰り返す間にわかるようになるんだろうか、はなはだ覚束ない感じがするな。

 わしは若い頃に山雅房の顕神本田霊学法典という本を読んで、神道とは自分が神を体験するものだということがわかった。理屈じゃないんだな。言い換えればオールオアナッシングということなんだろう。もちろんバックボーンとして理論は必要だが、車の両輪というよりも、体験が主で理論は従という関係ではなかろうか。それではわしらのような普通のサラリーマンが、仕事しながら何ができるのかということになるんだが、本を読んでも本当のことはわからないし、鎮魂帰神といわれても一体何から始めたらいいのか皆目見当もつかない。誰かに教えてもらおうと思っても、サラリーマン神職にわかる訳も無い。

 結局わしは、これでいいのかどうかわからんのだが、30年間毎朝禊祓詞、時間があれば大祓詞奏上、何種類かの印咒を実行して来た。そしてありがたいことに、家族みんな元気で、子供らもまじめに成長してくれた。そろそろわしも次へ一歩進みたいと思って仕事もやめたんだが、これから先はむずかしいな。さてどうなるか、さっぱりわからんが、試行錯誤を繰り返すしかないんだろうな。

 ただわしが古神道を知るきっかけとなった本田霊学について、相曾誠治氏が天狗系神道だと書いているのにはびっくりしたな。わしも深入りせずに、本を読むだけですましといたので、よかったのかもしれんな。

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