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無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10794日

 わしがみた何人かの教祖は、みなさん自信にあふれていたな。その自信の源は、おそらく自分が選ばれたという自負心と神が導いてくれたという確信だろうな。中には商売でやっている人もいるようだが、間違っているにしても確信は持っているし、よくわからんが、それなりに何らかの力はあるんだろう。しかし商売でやったり、人をだましたりしていたらあまり良い人生は歩めないだろうな。かくいうわしは命を落とすところだったからな。

 これはわしが30歳の頃の話なんだが、当時仏教系のK大学にいっていた友人がいて、その男が宗教にやけに詳しいし、理屈をいえば天下一品でなかなかおもしろい男だった。彼と二人で「撫で仏」を売ろうと画策していたんだな。「撫で仏」とは読んで字の如しで、仏像を撫でるんだが、ただ撫でるんではない、自分の体の痛い部分、つまり膝が痛い人は撫で仏の膝の部分を呪文をとなえながら撫で続けるとあら不思議、痛みが消えていくというやつなんだが、直すのは撫で仏ではなく、あなた自身ですよと言っておくのがミソで、これで詐欺にはならないらしい。呪文や理屈はどっかの教典からとってこようということになっていたんだが、ほんと馬鹿なことをやろうとしていたんだな。無知とはおそろしいよ。

 そして、その恐怖のお仕置きは突然やってきたね。天罰というやつだな。夜中に急に腹が痛くなって、わしはてっきり尿管結石かと思い、単車で救急病院まで走ったんだが、どうもそうではないというので、入院して様子をみることになった。そしてその明け方それはやってきたね。突然ショック状態になり、血圧低下して白血球も減少し、その病院では手の施しようがなくなり、防衛医大病院に搬送された。そこで応急処置をうけ瀕死の状態から少し回復したが、危ないといわれて両親が飛んで来たな。

 血圧が40まで下がってあぶないと言われていたころだったが、眼を閉じるといつもわしの耳のそばで、ひそひそと話し声が聞こえるようになった。聞こうと思って集中しても何を言っているのかわからないが、何人かがいつもひそひそ話しているんだな。病室がいっぱいで、広い処置室のようなところに1人で寝ていたんだが、まったく怖いとは思わなかったな。とにかく何を話しているのか知りたかった。

 結局虫垂炎だろうということで、少し血圧が上昇したので手術にふみきったんだが、患部は腐りかけて異臭をはなっていたらしい。あと少し低血圧が続いて手術が遅れたら確実に死んでいたといわれたな。そして話し声も聞こえなくなった。今でも残る5cmほどの手術痕を見るたびに、35年たった今でも痛恨の思いがよみがえってくるな。

 命まではとられなかったということは、まだ少しは見込みがあったのか、わしにはわからんが、有り難いことに、この世に残してもらえた。反省して、死ぬまで精進しなさいということだろうと思っている。

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