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無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10768日

 娘夫婦の家ができたので、明日、業者がうちにある娘のピアノをとりに来ると連絡があった。このピアノは、23年前に今の家ができて、親と一緒に住むようになった時に、わしのおふくろが娘に買ってくれたものだった。わしが子供の頃はピアノがある家庭などというと、なんか立派な家庭のような印象があったが、23年前には、貧乏人のわしの家庭にもピアノがあったんだから、その頃には家庭のレベルがピアノ如きで評価される時代も終わっていたんだろうな。

 わしが小学校1年の時に、同じクラスの戸田けいこさんというピアノが上手な子がいた。目のぱっちりしたかわいらしい子で、わしはその子から赤色のボールペンをもらったことがあるんだな。教室で席が近かったのか、休み時間に突然これあげるといって持って来てくれた。当時ボールペンは安くはなかったはずだ。わしは女の子と話すのが苦手だったんで、どんなやりとりをしたかまでは覚えてないな。一度だけ家に遊びに行った事があるんだが、白いレースのカバーをかけたアップライトピアノがあったことだけは覚えている。彼女にはわしが転校した、翌年の夏の夕方、一度だけ会ったたことがあるんだが、2人とも顔を見ただけで、何も話さずに別れたな。

 これは大人になってから聞いて大笑いしたんだが、うちにはおもちゃの卓上ピアノがあって、どうも兄貴はそれが本物のピアノだと信じていたらしいんだな。小学校の1〜2年生ころのことらしいが、ある日学校で、うちにピアノがある人手をあげてくださいと言われて、兄貴は真っ先に手をあげたらしい。これ以上のことは言わなかったので、その後どれほど恥をかいたかは不明だが。子供らしいといえば子供らしいわな。

 この手の話はまだあるんだな。ある日学校で、家に魚の図鑑がある人手をあげてくださいと言われて、兄貴は真っ先に手をあげたらしい。そしたら先生に明日持って来るように言われたんだと。家に帰っても図鑑なんかあるわけないので、おふくろがあわてて本屋に買いに行ったという騒動もあった、ということをおふくろから聞いたことがある。先生も新品の図鑑もってきたんで、さぞや驚いただろうな。

 子供の頃の話は、楽しい事や恥ずかしい事、しんどい事、後悔する事等いろいろあるが、様々思い出しても、やはり親や周囲に守られた小さな社会の中で精一杯生きていたんだろうなと改めて感じることができるな。小さいときは早く大人になりたいと熱望していたが、大人というのもそんなに良いもんでもないと気がついたのは何時の頃だったのかな。

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