無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10757日

 今日年金機構から年金内容変更の手紙が来て、支給額が0になっていたな。理由は失業保険を申請したからということだった。失業保険をもらったら止まるのならわかるが、申請したら止まるというのも、考えてみたらおかしなもんだな。わしの場合は8月9月10月分の年金が止まるということらしい。本当なら11月もなんだが、11月3日で65歳になるので、11月からは年金は満額出るようになり、失業保険給と年金が両方もらえることになる。わしの場合はこの方法がベストだと7月にハローワークに行って聞いていたんだが、まあそれはそのとおりなんだろうが、年金支給額0の通知はあまりいい気はしないな。

 今朝は急に冷えて来たんでちょっとぜんそく気味になり、シムビコートを吸入した。小児喘息が直ったのが確か12〜3歳頃だったが、それ以来一度も出た事はなかったんだが、今日、毎日付けている3年手帳を調べてみると、2013年9月、61歳のときに実に約50年ぶりに再発していたな。其の時は女房が持っていたシムビコートを一度吸入しただけで直ったようだ。今年の6月に息子の勤務している病院で検査をしてもらったんだが、呼気NO検査で検査値が170PPPだった。35PPP以上はぜんそくと診断されるそうで、3桁というのはみたことがないらしい。2日前にも、薬と吸入は毎日続けんと大変な事になるよといわれたな。ぜんそくで苦しみながら94迄生きるのもしんどいので、薬と吸入、続けてみるかな。

 ここんとこ、毎日時間が経つのが早いんで驚いている。仕事をやめた4月頃は1日はもっと長かったように思うんだが、やることが流れ作業的になってきたのかもしれんな。昨日、古事記神代巻23回目を読み終えた。このブログを書き終えたら24回目に入る予定だ。短いのですぐに読めるだろうと思うんだろうが、これがなかなか読めないんだな。声にだして読んでいても、神の名前もだいたいすらすらでてくるんだが、話が特に面白いわけでもないし、意味がよくわからんところも多いんで、とにかく疲れるんだな。しかしひょっとすると、これも通過しなければならない1つの段階で、この時期を過ぎると突然新しい世界が開け、より一層深い理解が得られるようになるのかもしれんという期待もあるので、休む事無く、毎日たとえ1ページであっても読み続けてみることにしよう。

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