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無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10751日

 娘の引っ越しの時、面白そうな本があるので貸してくれと頼んだら、いらないのであげるというのでもらって来た。銀行に勤めていた時に読まされていたという安岡正篤著「朝の論語」という本だが、そりゃこんな本、普通はいらんだろうな。頭取が論語が好きだったらしい。わしももらって来たのを忘れていたんだが、5日程前に気が付いて読み始めた。女房が仕事に出た後、通常の掃除や参拝、祝詞、洗濯物干しなどをすませた後、食卓に座り、毎回2講を大声で読んでいるんだが、これは気持ちがいいな。漢文は簡潔すぎてわからんところも多いので、そこは安岡正篤の解説をみるんだが、論語を声に出して読むだけで清々しい気持ちになるというのも不思議なものだな。

 今朝は6時に目覚ましの田端義男「帰り舟」がかかって目が覚めた時、女房はまだ出かける前だった。そして1枚の紙をわしに見せて、これが今週の献立だというんだな。そして今日はこれを作っておいてくれと示したのが、すじ肉と大根の煮物、野菜を一杯入れた焼きそばの2品目だった。3時過ぎから作り始めたんだが、白出汁とみりんでと水で味を整えて、いつもの手順で問題なくできるはずだった。ところが、透明なはずのだし汁が濁っているんだな。心無しか味もいつものようにでてない気がするし、おかしいなと暫く考えているうちに、そういえば2日前にこの鍋でシチューを作っあと、食洗機で洗ったんだが、汚れがきちんと落ちたか確認してなかったということを思い出したんだな。ひょっとしたら鍋の底にシチューの固まりがこびりついていたのかもしれんな。まあ、ぐつぐつ煮たんだから大丈夫だろうということで、よしとしといた。

 昨日考えた北海道旅行だが、せっかく北海道まで行くのに、宗谷岬だけではもったいないような気がして、昨夜遅くまであれこれ検討してみた。その結果、せいては事を為損じると言われるように、準備もせずに焦って来月行くよりも、来年の3月か9月に行くようにしたほうがより効果的ではないかと思えるようになったんだな。若い頃のわしなら、思い立ったら矢も盾もたまらず行動していたんだが、わしも少しは進歩したのか、単に年をとっただけなのか、今回は当初の予定通り、北陸の白山ひめ神社参拝と奈良山辺の道走破を実行する事になりそうだな。

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