無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10732日

 何回か練習船初代青雲丸でリオデジャネイロに行った事を書いた事があるが、あの航海ではパナマ運河を抜けて、リオに着く1週間くらい前に機関長が亡くなっているんだな。たぶん当時40歳代の前半だと思うんだが、心筋梗塞かなにかでベッドで死んでいたと報告があった。みんな非常に驚いたんだが、わしらの班のものは特に驚いたんだな。その時わしらの班は当直から外れていたので、毎朝6時にデッキでラジオ体操をしていたんだが、その日の朝も機関長は出て来て、わし等と一緒に体操をしていた。それから2時間もしないうちに亡くなったことになる。

 実習生に報告がないまま、デッキで大工さんが変な箱を作っていたとか、様々な情報が乱れ飛んでいたが、その日の昼頃に全員集められて事実を知らされた。そして今夜、機関長室でお通夜をするので、各班が1時間交代で詰める事という指示があった。わしらの班が部屋に行ったのが何時だったかは忘れたが、そこで一緒にいた教官から面白い話を聞いた。「船で人が死んだら、その魂はずっとその船に留まるのではない。一番最初にすれ違う、日本へ向かう船に飛んでいくんだ。」というような話だったが、棺桶を前にして、あまり気持ちのいい話でもなかったな。この時はこれで終わったんだが、常識では考えられないあの現象がこれから始まった。

 実はこの一ヶ月前に内地航海をしていた時、わしは変な現象に巻き込まれていた。わしが機関室最上段でメインエンジンの排気ガスの温度を調べている時、右から左方向に誰かが後ろを通ったんだが、振り向いたら誰もいない。その先にはA重油とC重油の切り替えバルブがあるんだが、航海中に触るバルブではない。おかしいなと思ったわしは機関制御室まで降りて行ったところ、制御盤上でA重油とC重油が切り替わったと大騒ぎになっていたんだな。じゃあ誰かが触ったのかということになったが、制御室には全員揃っていたし、しかもわしより後から制御室に入って来たものは誰もいない。じゃあ、わしの後ろを通ってバルブの方に行ったのは一体誰だったんだろうな。

 この件も暫くは話題になっていたが、遠洋航海に出る頃には忘れられていた。しかしこの機関長の死後、わしは再び不思議な現象に遭遇することになる。午前0時も近くなり、当直交代前の掃除に、全員出払っていた制御室内には、わしと、もう1人実習生がいただけだった。2人はメインエンジンの操縦ハンドルの前で、後ろの配電盤にもたれて馬鹿話をしていた。そんな時突然制御室入り口のドアが開いたんだが、誰も入ってくる人も無く閉じてしまった。それから数秒後、ガチャンと何か大きな音がしたんだが、何も変わってないので2人は話を続けていた。

 それから5分程して掃除を終えた全員と教官が帰って来て、教官は制御盤の各種数値をチェックし始めた。すると「これはおかしいな。5分前から急にメインエンジンの排気温度が上昇している。」といって盤上を調べていたが、「あっ」と声をあげた。なんとわしのすぐ前にあったメインエンジン操縦ハンドルのノッチが1目盛り増えていたんだな。つまり少しアクセルをふかしたような状態になっていたということだ。すぐに元にもどしたが、操縦ハンドルは重要で、航海中触る事は無いし、一度設定するとストッパーがかかるので、自然に動くなどという事はありえないことだった。わしら2人は愕然としたね。この事実は、入り口のドアが一度開いたが誰も入ってこなかったのではなく、本当は誰かが入って来て、わしらの目の前でこの操縦ハンドルを動かしたと考えなければ説明できないだろう。不思議な事に、何もしないのに、このときからリオに着くまで、12ノットくらいだった青雲丸の速度は15ノットから16ノットに上昇したんだな。リオで機関長の遺体を降ろし、全員で霊柩車を見送ったんだが、遺体はそのまま飛行機で日本まで送られるという事だった。1分でも1秒でも早くリオに着いて、日本に帰りたかったんじゃないのかなと、みんなでそんな話をしたな。

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