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無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10712日

 一昨日泊めてもらった叔父は、大東亜戦争末期、タイ南部クラ地峡に運河建設の調査に行っていたときに終戦になり、シンガポールの沖にある、レンバン島に集められそこの開発作業をやらされたらしい。もう一度行ってみたいと思っていたが、観光地でもない島に行く手段もなく、あきらめていたところ、10年程前に娘の旦那さんの知人の弟がシンガポールにいるということから話がトントン拍子にすすみ、ガイドや運転士なども世話してくれて、シンガポールから船で一時間ほどの所にある、レンバン島に渡る事ができたという話を聞かされた。昔の面影は無かったが、その時に見た、自転車でアイスキャンデーを売っている人の姿が、昔の日本の田舎と同じだったと何回も話していたな。91歳なんで、同じ話を繰り返すのはしかたがないからな。

 クラ地峡に運河建設のための調査を日本が始めていたという話は初耳で、驚いたが、叔父さんが、タイ南部のマレー半島の一番狭い部分と言っただけで、わしが「クラ地峡ですね。」と言ったもんだから、叔父さんも驚いていたな。最近では支那とタイが運河建設をやるとかなんとか。それにもっと以前だったか、原爆で吹き飛ばして作るとか、いろいろ話題になったところなのでわしも名前だけは知っていた。

 あのあたりは湿地帯で、足にゲートルをきつく巻いていても、大きなヒルがその隙間から入って来て血を吸うので、気持ちが悪かったと話していた。支那は今でも続いてやっているのかどうか知らんが、こんなとこで仕事をする人は大変だな。わしの親父も行けるもんなら朝鮮半島北部に渡って、自分等が植林した木がどんなに立派になっているか見てみたいとよく言っていたが、実際には半島南部に行く事もなかった。千年恨む民族の居る国なんか気持ち悪くて行けないよな。叔父さんはシンガポール近辺で良かったな。

 

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