無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10707日

 島にある全寮制の学校に入って数週間たった日曜日、同室の者と相談して、広島県のO市に遊びに行く事になった。あわよくば、いまだ見た事の無いエロ映画を見に行こうという魂胆だった。全員15歳〜16歳で、心配なのは全員詰め襟の制服制帽、顔は童顔だし、帽子をとれば坊主頭、果たしてこれで18禁に入れてもらえるかどうかということだった。今考えても、これではちょっと無理だろうな。当時はO市には日立造船や海に関係する職場も多く、わしの学校は、その方面では有名な学校だったので、制服制帽をみればすぐわかる存在だった。多少の不安はあったが、ついこの間まで田舎の真面目な中学生で、女の子ともまともに話した事の無かったような連中が、ただエロ映画をみてみたいという一心で、意気揚々と桟橋からO市行きのぽんぽん船に乗り込んだ。

 1時間半ほどでO市に到着、わしらは数軒ある映画館をぞろぞろと連れ立って下見して歩いて、人通りの少ない場所にある映画館を選んだ。よく覚えてないが裸の女性が神輿をかいたり、ゴルフをしたりするパートカラーの映画だった。入場券を買おうと売り場に行って順番に並んだんだが、このときに恐れていた問題が発生した。売り場のおばさんが、わし等のうちでM君ひとりだけ子供だから売らないというんだな。M君が特に童顔というわけでもないし、そもそも全員同じ制服制帽で、並んで入場券を買っているのになぜM君だけ売ってもらえなかったのか、これはいまだに謎だ。

 普通ならここで、じゃあわしらも見るのやめたということになるんだろうが、そうはならなかった。早くエロ映画を見てみたいという欲求の前にはM君の存在は小さかったんだろう。「えっ、おまえらわしを置いて見に行くのかよ。」とでも言いたげなM君を売り場の前に残して、わし等はいそいそと映画館の中に消えて行った。わしらの年代の人ならわかると思うが、当時のエロ映画というのは決して面白くはない。裸の女性がが登場する場面になると突然カラーになったりするが、ストーリーも陳腐で、入って10分もすれば飽きて来る。わしらもすぐに飽きて来て、誰かが『Mはどうしとるかな。」と言い出した。飽きて来ると、入場のときの意気込みも何処へやら、みんな多少後ろめたい気持ちが沸き上がってきたんだろう、途中で映画館を出た。M君は映画館の近くで待っていたが、楽しいはずの初めてのエロ映画鑑賞での、この冷たい仕打ちは、M君をかなり傷つけただろうなと、わしは深く反省した。

 最近クラス会でM君に会ったときに、この話が喉まで出かかったんだがやめといた。ひょっとしたらM君は忘れているかもしれない。もし忘れているのなら、嫌なことを思いださせることもないだろう。こんなことわしも忘れたいんだが、なかなか忘れさせてもらえない。いつまでも覚えているというのもしんどいことだ。