無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10685日

 あと10693日に書いたように、次回1月の失業認定日には行けないので、その月は失業手当がもらえないことは決定している。そうなると、ハローワークに行って、次回認定日までにあと1回必要な職探しをして、相談をしても意味がないことになるんだが、それでもひょっとして、ばあさんがインフルエンザにでも罹って、旅行が中止になることがあるかもしれんので、今日の午後から雨の中を行ってきた。今日も人は少なかったが、これを見ると、やはり景気が回復して、失業者は減っているんだろうな。

 出かける前に、8月にハローワークで受けた説明会の資料を見ていると、認定日のところに赤丸をつけて「わすれるな!」と自分で書いていた。そして来年3月までのカレンダーの毎月の認定日にちゃんと印も付けていた。そういえば、その時にハローワークの職員が、これだけ認定日が大切だと話していても、忘れて来ない人がたくさんいるという話をしていたが、その時わしは、そんな大切な日を忘れるわけ無いだろうと、たぶん笑いながら聞いていたんだろうな。そして9月になって旅行日程を決める時にはすっかり忘れていたんだから、ぼけて来たのかな。

 さっきニュースを見ていたら、子供等は今日で学校は終わりのようだ。明日からは楽しい冬休みが始まるんだな。わしなんかは毎日休みなのに、休んでも別に楽しくもなんともないんだが、これはやはり登り坂と下り坂の違いなんだろう。わしは仕事を辞めて、毎日が日曜日になれば、休み前の子供の頃のようなわくわく感を、もう一度体験できるかもしれないと、真剣に考えていた。しかし残念ながらそれは無いということは体験してしまった。これから頂点を目指す子供と、終点を見ながら下って行くわしらとでは、立つ位置が全く違うんだな。

 それなら、子供の頃に返してやるからもう一回やってみるかと言われたら、それはそれでお断りだが、今のままで、時々でいいから、気持ちだけ子供に返してくれるんなら、それは楽しいかもしれんな。

 

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