無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10667日

 小学1年のときに、1年松組で同級生の西原さとし君の家に遊びに行ったことがあった。おそらく学校帰りに西原君が一緒にわしの家に来て、そこからわしがついて行ったんだろうな。今なら、うちから歩いて10分そこそこで行けるが、どこをどう歩いて行ったかはさっぱり記憶にない。現在では都市化の波に洗われて、住宅がぎっしり立ち並んでいるが、その頃は、そのあたりが町のはずれだった。西原君の家は農家で、家の前に庭があって、玄関を開けて中にはいるとずっと土間が続き、その先が炊事場になっていた。わしは西原君に連れられてそこを通って裏庭に立ったんだが、その時に見た光景には息をのんだな。そこから向こうは一望千里のレンゲ畑で、遥か彼方の海岸に建つ火力発電所まで直線距離で約6キロ、レンゲの花がぎっしりと敷き詰められていた。この時見た景色は今でも忘れられない。わしは小学3年から転校したので、その後西原君の家に行く事もなく、今に至っている。今どうなっているのか知りたい思って、最近、何回か探した事はあるんだが、環境の変貌が激しすぎて、全く見当がつかなかった。

 2年間しか行かなかったその小学校だが、その後4年間通った小学校より多くの楽しい思い出があるのはどうしたことだろう。このブログを書き始めて初めて気が付いたんだが、小学校の頃のことを思い出すときに、いつも浮かんでくるのは、2年間一緒に遊んだ友達や、教室や、やさしかった担任の三好先生ことだけなんだな。その後の4年間、違う学校の友達と同じように遊んだんだと思うんだが、ほとんど浮かんで来ない。これは不思議だ。