無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10637日

 今日はハローワークの失業認定日で、午後から行って来た。去年の秋から自転車利用を再開したので、帰る途中で買い物もできるようになったし、ずいぶん楽になった。去年の夏は歩いて行っていたから、帰る途中のレディー薬局で、後先を考えずにコーラ1Lを2本買った時は、家まで下げて帰るのが大変だった。やっぱり自転車の威力は大きいな。

 1月の認定日は富士山を見る旅に行ったおかげで、飛ばしてしまったので、1ヶ月間失業保険がおりなかった。今回行かなかったら、3月末で期限切れとなり、全額が貰えなくなることがわかっているので、朝からずっと気になっていたが、つつがなく手続きは終了し、4〜5日後に27日分が振り込まれる事になった。わしみたいに求職する気はないのに、失業保険を貰うためだけに、ハローワークに通って職業相談をしている人が、どのくらいいるのか知らないが、職業相談をする職員は見たらわかるんだろうな。

 わしの場合、年齢も65になっているというのもあるだろうが、リアル求職中の若い人達との会話とは全然違っている。それでも去年ハローワークに通い始めたころは、わしに仕事の希望を聞いたり、気になった求人はあったかとか、いろいろ話をしていたんだが、最近はすぐに書類に判を押して、次の認定日までに、あと1回相談に来れば条件を満たす、ということを教えてくれるだけになってしまったな。別にそれはそれでいいんだが、仕事を探す気もないのに、失業保険を貰うためだけに通うというのも、なんとなく気が引けることもある。保険料を払ってきたんだから当然権利はあるとはいえ、ちょっとな。

 とはいえ、現実をみるとそんな悠長な事を言ってはおれんわけで、今日は女房が朝から仕事に出かけたが、出がけに何回も、忘れずにハローワークに行きなさいよと念を押していたし、昨日娘が来た時に、女房と娘の会話を聞くとも無く聞いていると、去年の8月からわしの収入がほぼゼロだとか、毎月がタケノコ生活だとか、言いたい放題言っとったな。それでもみんな元気で、飯だけはなんとか食えるんだから、わしには何の不満も無いんだがな。