無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10622日

 24日に二男の家で、去年の11月に生まれた子供のお食い初めをするというので、女房が、早朝から炊いた赤飯を持って、高速バスで出かけた。わしも一緒に行きたいんだが、2人で出かけるとなると、2匹の犬をペットホテルに預けなくてはならなくなり、結構金もかかる。しかたがないので経費節約のため、わしが犬と留守番する事になった。何年か前なら車で行ったんだが、年を取ると高速道路を何時間も運転するのは億劫になった。女房もわしの運転はあまり信用してないし、運転が荒いので酔うといって、遠出することはめったになかった。おかげで、わしが運転をしなくなってもそれほど困らない状況ではある。

 わしは昔から、車を運転すると眠たくなる癖があるので、途中で停止ができない高速道路は危なかった。しかし、一般道路なら路肩に停めて、寝る事もできるはずなんだが、わしの性格的なものかもしれんが、途中で停めるというのはなんか抵抗があって、なかなかできなかった。そんなわけで、結局眠たくても運転を続けるという意味においては、高速道も一般道も危険性は同じだったということだ。今まで大きな事故がなかったというのは、単に運がよかっただけで、わしの運転技術が未然に事故を防いでいたわけはない。車の運転に向いていないということは、自分でもよくわかっているので、近場のちょい乗りであと5年、今の車に乗ったら、廃車にして運転終了だろうな。

 わしの子供の頃は、車なんか走って無かったので、一般家庭では家族で遠出するという習慣は無かったが、うちは親父がオートバイに乗っていたので、おふくろは留守番だったが、わしをタンクの上に、兄貴を荷台に乗せて、花見、海水浴、釣り、人の行かないような山の中にまで時々連れて行ってくれた。何も走って無い、ガタガタ道の国道や、山の中や海岸の小道を走るのは気持ちよかった。当時は速いと思っていたが、わしらを乗せているんだから、ゆっくり走っていたんだろう。帰りが遅くなった時なんかは、寝たらいかんぞと後ろの兄貴によく声をかけていたな。この頃なら車に乗るのも楽しかっただろうな。