無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10603日

 前に住んでいた家は、土地が65坪程あり、新築したときに小さな庭を造るスペースがあった。しかしわしは庭には興味が無かったので、花でも植えればいいだろうと気楽に考えていたんだが、親父は木を植えたかったようだ。そのためには真砂土を1トンほど入れる必要があり、その作業をわしにやれというんだが、1トンがどれほどの量か見当もつかない。しかし、これをやらないと話が前に進まないので、とりあえず了解しておいた。

 それから一週間後の土曜日に、仕事から帰ると、車庫の中から前の道路の真ん中あたりまで山の様に積まれた真砂土をみて言葉を失った。とにかく道路に積まれた分だけでも早く片付けないと邪魔になるので、スコップと猫車で夜中近くまでかかって敷地内に運び込んだ。翌日は早朝から夕方までかかって残り全部片付けたが、当時34歳で若かったからできたんだろう。それでもしばらくはひどい筋肉痛に泣かされた。

  ちょうどその頃、親父が定年前に勤めていた、林業関連の県の施設が移転する事になり、そこに植わっていた木を貰えることになった。自分でおがして、自分で運ぶことが条件なんだが、ありがたいことに、親父の知人が全部まとめて運んでくれることになった。そこで、日曜日に親父と2人で現場に行って、ほしい木に印を付けて回った。ウバメガシ約10本、棒樫約15本、錦木1本、野村楓1本、いろは紅葉1本、アメリカはなみずき3本、等かなりの量になった。特に、アメリカはなみずきは、親父が種から育てたもので、思い入れがあったようだ。

 植えるのも一苦労だった。特に棒樫は大人2人でやっと運べるくらいまで成長していたので、女房の弟にも来てもらって、3人で穴を掘って二日がかりで植えてしまった。その後の手入れも剪定、消毒とたいへんで、この家から今の家に引っ越すことになり、庭とさよならできるときはほんとうにうれしかった。そんな訳で、つい最近まで、わしにとって庭とは苦痛でしかなかった。

 ところが最近ちょっと変って来た。1日家にいると、今まで注意して見た事が無かった庭の椿に、いろんな違った花が咲いている事に気が付いた。一本一本それぞれ種類が違っていて、咲く時期も違うし、大きさも色も形も全部違っていた。家を建て替える時に、60鉢ほどあった椿を人にあげたり、処分したりして、気に入ったものだけを残したと言っていたが、このことだったのかと改めて気が付いた。わしが長年ほったらかしていたので、弱ったのもある。だが今ならまだ間に合うかもしれない。庭木の勉強をして、戻せるものなら親父が元気だったころの全盛期の庭に戻してみるかと考えるようになった。