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無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10574日

 わしが親父から桜井忠温の話を聞いたのは、まだ小学生の頃だった。ウィキペディアによると、桜井忠温は昭和40年死去となっているから、当時はまだ健在だったんだろう。親父は別に文学青年だったわけではないが、桜井忠温著『肉弾』は読んでいたようだった。親父からどんな話を聞いたかは忘れたが、日露戦争で大けがをしたが、奇跡的に生還したことや、『肉弾』という本を出版しているというようなことを、かすかに覚えている。その頃市内の公園に、「最も愛情あるものは最も勇敢なり」と揮毫した桜井忠温の碑ができていたようだから、ひょっとすると、この時の話は、その石碑ができた事に関係していたのかもしれない。

 実はわしはこの『肉弾』は読んだ事がないんだが、作者は善通寺第11師団が攻撃した、旅順要塞東鶏冠山の激戦で瀕死の重傷を負った。そして、死体扱いされていたが、火葬寸前に生きていることが確認され、助かったという希有な経験の持ち主だった。帰還後「肉弾」を執筆し、それが世界的ベストセラーになり、ずっと長い間、日露戦争と言えば『肉弾』、『肉弾』と言えば桜井忠温言われて来たようだが、戦後は知っている人のほうが少なくなってしまった。

 同じ頃、司馬遼太郎の『小説坂の上の雲』で有名になった秋山兄弟もいて、記念ミュージアムまで出来ている。大体、日露戦争を熱く語る人達の多くは、この本を種本にしていることが多い。小説なのに歴史書扱いされている珍しい本だが、わしの兄貴なんかもこの本に影響されて、秋山好古の死に際なんか、まるで見て来たように熱く語っていたな。以前の職場にも司馬マニアのTさんがいて、日本海海戦ノモンハン事件も語っていた。反論は一切受け付けないというマニアックな人だったな。

 わしは23歳のときから暇つぶしの小説は読まなくなった。しかし、3年前にアマゾンキンドルで100円で購入した、吉川英治全集の長編小説を全部読んだが、これはおもしろかった。特に『新平家物語』は長いが一気に読破した。もちろんこれは小説で、歴史書ではない。作者が歴史の間隙に、想像を膨らませて面白く仕上げているから面白いんであって、真実だから面白いのではない。これと同じ事で、『小説坂の上の雲』から得た知識で、歴史を語るのはやめてほしいと思うんだがな。特に、司馬遼太郎の乃木大将に対する評価は全く受け入れることはできんな。

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