無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10549日

 3年生で小学校を転校して、びっくりしたことの1つに、クラス全員が、毎月学研の本をとっていることがあった。今では本の名前すら、はっきり覚えていないが、『小学3年生の学習』或は『学習なんとかかんとか』、大体こんな感じだったと思う。わし自身あまり熱心に読まなかったので、役に立ったとか面白かったとかいうような記憶はないが、ただ、毎月連載されていた、ある読み物が面白かったので、それだけは欠かさずに読んでいた。

 当時は米ソの大気圏内核実験がさかんで、20メガトンとか30メガトン、果てはベガトン水爆4発で日本全滅などと少年マガジンなんかで大騒ぎしていた時代で、わしら子供もかなりの危機感を持っていた。ストロンチウム90なども、福島原発事故ではたった6ベクレルだったが、当時は350ベクレルも観測されていた。わしらの年代の子供はずっとそれを浴び続け、食べ続けてきたということだ。何の影響も無かったけどな。核実験の後に降る雨には放射能が含まれていて、それにあたると頭がはげるなどと真剣に心配していた。

 雑誌に連載されていたのは、国連によって、恐怖の的だった核実験が禁止され、米ソが核兵器を廃棄して平和が訪れたあとに、宇宙人が来襲してきたという前提の話だった。有効な兵器は核しかないということになったが、米ソは既に核を廃棄して持ってない、さてどうするか、という段になって、突然アメリカが隠し持っていた核ロケットで攻撃を仕掛けた、と続くんだが、わしはここまで読んで、ふと疑問を感じた。なぜソ連ではなくアメリカなんだろう。ソ連が、或は両国が隠し持っていた..........でもいいんじゃないか。

 今から思えば、これは作者や編集者のイデオロギーの問題だろうが、年端も行かない小学生に、こうやって巧妙に『アメリカ=悪、ソ連=善』と刷り込みを行っていたんだろう。そういえば、当時のわしの担任も、北京には蠅が1匹もいないというあの与太話を信じて、真顔でわしらに中華人民共和国の素晴らしさを訴えていたんだから、今から思えば絶望の時代だったな。