無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10541日

 かれこれ60年近く前の話だが、うちの近くに結構名の知れたM鮮魚店という魚屋があった。店舗も持っているが、仲買い人でもあったようだ。大通りに面しているので当時は人通りも多く、朝の時間帯には、新鮮な魚を買い求めにくる客でごった返していた。今のようにスーパーマーケットも無い時代なので、おふくろも時々魚を買いに行っていたんだが、ある日面白い話を聞いて来た。当時どこの商店でも、お客さんに渡す商品を新聞紙に包むことが多く、紙も貴重な時代だから、新聞紙という物は生活の中でけっこう重宝されていた。

 おふくろが聞いてきたのは、そのM鮮魚店で包装用の新聞紙を買い取ってくれるという話だった。新聞紙をそのままではなくて、1/4にカットした状態の物を持って行ったら、一枚幾らだったか、キロ幾らだったか忘れたが、結構良い値で買い取ってくれるということで、大学生なんかがよく持ち込んでいたらしい。当時わしは文具屋でみた、300円の世界地図が欲しかったんだが、なかなかおふくろは買ってくれなかった。これは幅1mくらいの大きさで、部屋に貼れば立派なインテリアになる代物だった。

 おふくろは、わしにそのアルバイトして、自分で世界地図を買う事を提案して来た。丁度夏休みだったので、わしもやる気になって、その日から包丁で新聞紙を切る作業が始まった。一週間くらい続けたような気がする。そして最後に出来上がったものを、おふくろがきれいに縛ってくれて、それを22インチの子供自転車の荷台にくくりつけてくれた。わしは重たくてふらふらしながら、意気揚々とM鮮魚店に向かった。

 たしか300円以上あったはずだ。初めて自分で稼いだ金をポケットにいれて、その足で世界地図を買いにいった。その地図を壁に貼付けて、赤い線で引かれた航路帯を眺めながら、以前本で読んだ、最初ディアズによって嵐の岬と名付けられた、喜望峰の場所を探したりした。そして、千島列島と台湾朝鮮半島満洲を赤で塗りつぶしたんだが、これは周りの大人には結構うけた。十数年前まで大日本帝国の支配が及んだ地域なんだから、当時の大人にとっては懐かしい塗り分けだったんだろう。その地図も、今の家を建て替えるときに全部処分してしまったようだ。

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