無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10516日

 去年11月の、北陸の白山ひめ神社と敦賀気比神宮参拝の旅以降、神社参拝旅をしてないので、そろそろどこかに出かけたくなってきた。行くとすれば、以前から宗像大社参拝をしたいと思っているんだが、交通の便が悪いので、ここだけで1日がかりになりそうだ。ここは辺津宮、中津宮、沖津宮と三カ所に別れていて、沖津宮は行く事はできないので、辺津宮と中津宮を参拝する事になる。

 ここの主祭神については古事記にも書かれている。

『故(かれ)、其の先に生(あ)れませる神、多紀理毘売命(たぎりびめのみこと)は胸形之奥津宮(むなかたのおきつみや)に坐(ま)す。次に市寸嶋比売命(いちきしまひめのみこと)は、胸形之中津宮(むなかたのなかつみや)に坐す。次に田寸津比売命(たぎつひめのみこと)は、胸形之辺津宮(むなかたのへつみや)に坐す。.........。』

となっているが、おかしなことに宗像大社のホームページを見ると、沖津宮は多紀理毘売命で変らないが、市寸嶋比売命が辺津宮のご祭神となり、田寸津比売命が中津宮のご祭神となっている。今度行く事があったら聞いてみたいと思っている。

この後、古事記に出てくるのは多紀理毘売命だけで、あとの二神は出て来ない。

『故、この大国主神(おほくにぬしのかみ)、胸形奥津宮に坐す神、多紀理毘売命に娶(みあ)ひて、生(う)みませる子、阿遅しき高日子根神(あじしきたかひこねのかみ)、次に妹高比売命(いもたかひめのみこと)、亦の名は下光比売命(したてるひめのみこと).......。』

 この下光比売命高天原から使わされた天若日子の妻となるが、天若日子が邪心を持ったために、高木神によって衝き返された矢に当たって死んでしまう。それを悲しんで下光比売命の泣く声が風にのって高天原まで聞こえて来るという話になっている。

  このように、古事記神代巻を少し知っていると、神社参拝の旅にも、より興味がわいて来る。また、ここに出て来る神以外は日本には存在しない。相曾誠治氏によると、新興宗教などに、よく似た名前の神がでてくるが、少しだけ変えていて、間違っても古事記にでてくる本当の神の名前を名乗る事はないそうだ。

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