無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10494日

 昨日から気温が30度を越えるようになり、また暑い夏がやってきた。無職になって2度目の夏だ。去年は慣れない生活の中、まだ晩飯の支度に右往左往したり、ハローワークに行ったりで、一日の時間の配分もよくわからない、初心者マークの付いた生活だったが、2年目になると少し落ち着いて来た。これなら、あと10494日でもやれそうな気がしてきた。

 しかし、毎日と言わず、その時その時に波があるのは事実で、つまらない、面白い、明るい、暗い、嬉しい、楽しい、悲しい、こんなことの繰り返しだ。これを1人で処理するのは大変な事もあるが、以前に比べるとその振幅は小さくなってきたようだ。ただ、1日家にいるので、忙しさにまぎれて忘れるということはない。押し寄せて来る、意識の変化、感情の変化の波に、とことん向き合わなければ、収まらないというのも、しんどいことだ。

 今朝6時頃だったか、NHKで「あの人に会いたい」という番組をやっていた。出ていたのは臨床心理学の河合隼雄さんだった。ユングの研究でも有名で、わしも何冊か本を持っている。わしは心理学なんていうものの実用性は全く信用してないんだが、この人の話を聞いていて、単純に、この人は信用できそうだと感じた。

 河合さんは、「どうしたらいいですかと聞かれても、私も全くわかりません。ただ、話を聞き、一緒に会話をしているうちに、どうしたらいいか、本人が自分で気がついてくれるんですよ。」と話していた。結論は河合さんではなく、話をする中で、本人が導きだす、つまり『結論はすでに本人が知っているはずだ。』ということになるんだろう。これを聞いて、胸にストンと落ちたような気がした。

 しかし、河合さんは簡単に言っているが、黙って人の話を聞くことは苦行にも似ている。心に引っかかりを持っている人の話は尚更だろう。わしも若い頃から『まず、聞け』とよく言われてきた。人の話をろくに聞かないで、自分の意見で人を変えようと懸命になっていた。その頃なら、河合さんの話を聞いても、胸にストンと落ちることはなかっただろう。しかし、数十年経ち、人の話を聞けない者は、自分と向き合う事もできないし、自分の中の声を聞くことなど、できるはずもないということが、今は少しは理解できるようになった。女房の出勤で早く起こされたおかげで、この番組をみることができた。有意義な朝だった。

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