無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10450日

 おふくろの甥にあたるSさんは、今年亡くなったJさんの弟なんだが、高校卒業後、決まっていた、地元新聞社を断って陸上自衛隊に入隊したと、おふくろから聞いている。わしはまだ小学校に入った頃で、当時、Sさんがよくうちに来て、親父やおふくろと話をしていたのは知っていたが、話の内容までは知り得なかった。Sさんは「親父も陸軍にいったので、自分も陸上自衛隊にいきたい。」というようなことを言っていたらしい。Sさんは健在なので、聞けばわかるとは思うんだが、人には、それぞれ触れてほしく無い過去や、忘れたいと思っている過去があるかもしれない。大人になってからは、Sさんとはあまり接点が無かったので、昔話もついつい慎重にならざるを得ない。

 Sさんが、旭川第2師団を除隊して帰ってきたのが、わしが普通高校の1年生の頃だと思う。翌年兄がB大学校に行ったときに、Sさんも「夏に帰った時には最敬礼で迎えんといかんな。」とすごく喜んでくれた。この頃に一度だけ、Sさんから自衛隊の話を聞いた事があった。

 Sさんと同期の兵隊に、Sさんよりだいぶ年配の人がいた。営内生活が同じ部屋で、よく話をしていたんだが、しばらく生活するうちに、おかしな事に気が付いた。その人は、一切外出もしないし、PXで物も買わない。タオルとか石鹸とか、生活必需品はおろか、パンツやシャツまで買わなかった。貰えるものは人のお古を貰い、石鹸なんかは、風呂場に落ちているクズを拾って、それを使っていた。

 或るときSさんは不思議に思って、「お前は一体何をしに自衛隊に来たんだ。」と聞いてみたところ、その人は「自分は金を貯めに来た。貯まったら自衛隊を辞めて商売をするつもりだ。」と答えたらしい。......自衛隊にもこんなおかしな奴がいたんだよと、Sさんは笑い話として話してくれたんだが、わしはこの話に、妙に親近感を感じて、笑い話どころか、それはすごい人もいるもんだなと、逆に感心してしまった。

 それから10年位たって、おそらく日刊ゲンダイが創刊された頃だと思う。当時等東京で生活していたので、その日刊ゲンダイを時々買って読んでいたら、面白い記事を見つけた。若い起業家を特集していて、ぶんぶん餃子の入社試験で、山に連れていって樵をやらせた話とか、いろんなエピソードを連載している中で、或る号の記事の中に、ふと旭川という文字を見つけた。とっさにわしはあの、石鹸のクズを拾って使っていたという、Sさんの話を思い出した。その人は、除隊後、見事に起業に成功して、会社社長になっていた。記事を読んでいくと、Sさんの話の通り、旭川第2師団にいた事、給料は全部貯金して金を貯めた事等、自ら語っていたから、その人に間違いないだろう。

 ああ、あの人成功したのかと、何かわしもうれしくなったことを覚えている。同時にわしには無理だと思った。人から変わり者と笑われても、目的のために、金を貯める努力する姿を、うらやましく思った。一方、当時のわしは、金を貯めようと米国船に乗ってはみたものの、人生において「目的=金を貯める」という式はなりたたないことを実感して、7ヶ月で下船した後、何の目的もない、根無し草のような生活をしていた。この記事を読んで、「目的>金を貯める」というのか、金を貯めることに意味があるのではない、使う目的があって初めて、金を貯めることに意味が生じてくるんだという、当たり前のことに、改めて気付かされたことを、懐かしく思い出される。