無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10438日

 最近、アメリカ海軍イージズ艦の事故が続いているが、衝突した船は、暫くその海域で漂流する事になる。そして漂流中は、周囲の船にわかるように、それなりの信号を掲げることになっている。わしは、子供の頃は、大型船が漂流するなどということは、考えたことも無かったが、実際に船に乗ってみて、案外多いということを知った。

 当時は、大体が機関の故障修理がその原因だったが、同期生の元機関長に聞くと、最近の船は、機関室の機器も、ほとんどがメンテナンスフリーになって、2年に一度の定期点検以外で、開けることはないと、言っていたから、機関故障のために漂流ということも減っているのかもしれない。

 わしは、Tタンカー入社前に、健康診断受けるように本社に呼ばれた。その時、休憩室で一緒になったのが、乗船のため、本社に来ていた沖縄出身のWさんだった。Wさんはわしより半月程早く、最新鋭の、Piggotという名前の、30万トンVLCCタンカーに乗船するため、羽田空港からロッテルダムに飛んで行った。それから暫くして、わしの乗船も決まった。その時に会社に貼ってある、船舶動静一覧表のPiggotの欄に、見慣れないマークがついているのに気が付いて、担当者に聞くと、メインエンジン故障のため、現在アフリカ沖大西洋を漂流中ということだった。

 この Piggotという船は、所謂『はずれ』で、航海中に蒸気タービンのカバーをはずして修理するという、希有な事態になっていた。しかも、現在その部品をヘリで輸送中というのを聞いて、その時は、すごいことをするもんだと感心していたら、実際に乗ってみたら、この会社は部品どころか、交代要員までも、航海中の船にヘリで降ろしていたから、そんなに珍しいことでも無かったようだ。「Wさんは運が悪かった、○○さんはこれに乗らなくてよかったね。」と担当者に言われたが、わしの乗ったJhonsonという10万トンタンカーも、7ヶ月で2回漂流したから、やっぱり多かったんだろうな。

 漂流中は、機関部は高温の中で、食塩の錠剤で塩分を補給しながら、作業を行っているが、甲板部はこれといって用事はない。この時位、機関士ではなく航海士になっとけば良かったと思ったことはなかった。機関部全員で9名のうち、2名が当直中だから、残り7人。これを3つの班に分けて、1つの班の作業時間5分で次の班と交代する。これを何回も繰り返すんだから、終わったときは、体重が何キロも減ったような感覚で、こんな事が頻発したら体がもたんなと思ったもんだ。

 作業が完了して、ふらふらで甲板に上がった時に見た、アフリカ沖インド洋の夕焼けがあまりに奇麗だったので、写真に撮った。夕日を眺めていると、こんなことやっているのが、嫌になってきたのを覚えている。

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 じつは海上では、水平線から日が昇ったり、水平線に日が沈むということはほとんどない。水平線あたりにある雲に遮られてしまうので、あまりいい写真は撮れない。今のデジタルカメラがあれば、もっとたくさん撮ったんだが、持っていくフィルムの量も限られるので、枚数もそんなに撮れなかった。種類の違うスライド用フィルムを持って行ったなかで、コダックエクタクロームは45年たった今でもきれいだが、フジクロームはかなり退色している。昭和48年当時は、ドル円の格差と同じように、フィルム技術に関しても、まだまだ日米には大きな差があったようだ。