無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10426日

 今週は女房の仕事が終わるのが遅いので、本気で晩御飯の支度をしている。午後から久しぶりに車で外出して、筑前煮に入れる鶏肉の細切れを買うために近所のスーパーに立ち寄った。アイスコーヒー1パック120円で売っていたので、ついでにこれも5パック購入して、途中、明屋書店に寄って30分ほど立ち読みして家に帰った。このスーパーは水の売り場に楽天チェックのポイントがあり、わしは行けばいつも10ポイントもらうんだが、いまだかつて、わし以外にやっている人を見たことがない。まあ、わしも売り場に人がいない時を見計らって、こそっとやっているから、他の人もきっとそうしているんだろう。

 最近は筑前煮を作るといっても、材料は出来上がったものが売られているので簡単だが、あれだけの具材を個別に揃えようと思ったら大変なことだ。具材に鶏肉を加えて鍋でしばらく炒めたのちに、作っておいた、だし汁400ccを加えて20分ほど煮たら出来上がりだ。問題はこのだし汁だが、自分でいうのもなんだが、これはうまくできた。これも、白だしという強い味方があるからで、後はみりん、酒、醤油、砂糖なんかを適当に加えながら水で希釈するとできてしまう。ここらあたりのコツをつかんでしまうと、結構いい味がでてくるもんだ。

 最近は白だしや麺つゆがあるので、簡単にいい味がでるが、昔はそうではなかった。わしらが子供の頃は、親父はそうめんが嫌いでほとんど食べなかったように覚えていたんだが、一緒に住むようになった20年ほど前、そうめんは好物だと言ってよく食べているのに気が付いた。そのことを、一緒に昼にそうめんを食べた時に、聞いたことがあったが、その理由というのを聞いて思わず納得してしまった。

  親父が言うには「そうめんは好きなんだが、とにかく、ばあさんが作った自家製のつゆがひどかった。それでそうめんを食べなかった。しかし最近の麺つゆはうまいのでいくらでも食べれる。」これをおふくろのいる前で言ったもんだから、おふくろは相当機嫌が悪かった。わしも覚えているが、たしかに不味かった。シイタケを入れたり、いろいろ工夫はしていたんだろうが、当時はわしもそうめんが旨いと思ったことは無かったから、これは親父の言う通りだと思った。しかし、あとから女房が、自分ならあんなことを言われたら、もう何も作らんよと言っとったし、今のわしなら、あの時のおふくろの怒りも理解できる。昔はこんな無神経なことを言うじいさんが、どこに家にでもいたんだろうな。