無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10409日

 今朝10時頃、サイレンを鳴らした消防車が3台、5軒ほど離れた学生マンションにやってきた。火事かなと思って外へ出てみたがそれらしき煙も見えない。そのうちに救急車とパトカーがやって来て、学生風な若者がストレッチャーに乗せられていたから、火事ではあったんだろうが、よくわからんままに終わってしまった。最近は学生マンションがあちこち建って、どんな人たちが住んでいるのかもよくわからんし、あまり気持ちのいいものでもない。

 15年ほど前に100mほど離れた学生マンションで殺人事件があったし、7~8年ほど前には、すぐ近くの学生マンションで腐乱死体が見つかったこともあった。下の階の人が異臭に気が付いたらしいから、状態はかなりひどかったんだろう。学生は一応身元はしっかりしているから、治安面ではそれほど悪くはないんだが、騒がれるとうるさい。うちの隣は今は駐車場になっているが、以前は古い家があって学生のたまり場のようになっていた。そこで夜中まで麻雀をするので両親が寝られないことがあった。

 その当時はわしらは別の家に住んでいたので知らなかったんだが、ある晩、わしに来てくれというので行ったら、麻雀の音がかなりひどい。すぐに注意しに行ったところ、これが話のわかる学生ばかりで、拍子抜けしたことがあった。麻雀もするなとは言わんが、夜10時まで、毎晩はしないよう頼んだら、だいたい守ってくれたみたいだ。暫くして引っ越していったようだが、まあ、普通の人間なら話せばわかってもらえるものだ。しかし、年寄りが頼んでも改めなかったのに、わしがお願いに行くとすぐにやめたのはどうしてなんだろうな。

 遊ぶことに関しては昔の学生のほうがすごかったような気がしている。まだ赤線があった当時はそちらの方面にもよく出かけていたらしい。うちの2階にはわしが小学校の頃まで学生がいたので、4回生が卒業するときは卒業祝いをやっていた。残っている集合写真には、親父やおふくろ、親父や学生の膝に抱かれたわしや兄貴、うちの学生、1升瓶を抱えた近所の食堂のおじさん、酒屋のおじさん、近所の下宿屋の学生、女性も何人か一緒に写っているから、かなり派手にやっていたようだ。

 わしらが今の学生をみても、幼く感じることが多いが、その写真に写っている学生達は妙に大人びてみえるのはどうしてなんだろう。一緒に写っているのも同年代の女性で、学生のガールフレンドか、ひょっとすると数少ない女子学生かもしれない。みんなきれいで品がある。絹目印画紙にプリントされた白黒写真がそういった雰囲気を醸し出しているのだろうか。