無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10360日

 あと10365日、あと10364日、あと10363日、あと10362日、あと10361日、この空白の時間ができてしまった。6日夜から高熱、咳、痰に苦しめられ、7日~9日までは死んだようになっていた。7日の昼頃咽喉が乾いたので、女房が仕事に行くときに枕元に置いて行ったポカリを飲もうと、辛うじて寝返りして手に取って、キャップを回そうとしたらこれができない。全身の力が抜けたようで、最初の封を切ることができない。手元に飲み物があるのに飲めないというのは、本当に情けなかったし、キャップを少し緩めておいてくれよと、女房を恨めしく思ったものだ。病気はこれほど体力を奪うということを改めて実感した。

 初めに38度の高熱がでたので、インフルエンザかもしれないと思い、アセトアミノフェン入りの薬を薬局で買ってきた飲んでいたが、これが全く効かない。わしには若い頃から、同じアセトアミノフェンが主成分だったノーシンが効かなかったので、結果はわかってはいたが、それでもインフルエンザ脳症なんかになるよりはましだ。静かに家で寝ていればそのうちに自然治癒するんだから、薬なんか飲む必要ないという人もいるが、そんなことが言えるのも若い、体力がある間で、子供や年寄りは薬でなんとかしてくれと思うのが人情だろう。

 10日になって少し体が動くようになったので、病院に行ってみることにした。病院嫌いなどと言っている場合ではない。そこは女房がよくかかっているクリニックで、まずインフルエンザの検査で陰性、検査と言えばこれだけで、お決まりの血液検査もなくて、診察代も安く、今時こんな病院があるのかと驚いた。インフルエンザでないとわかったので、家に帰ってすぐにロキソプロフェンを飲むと、熱も体の痛みもすぐに引いていった。最近の薬はよく効く。

 10日の夜も咳は続いて、11日の夜になってやっとまともに寝れるようになった。今日も時々せき込んではいるが、症状は快方に向かっている。わしも、まさかこんなにひどいことになるとは、思ってもいなかった。寝ている間にいろいろ考えたが、何を考えたかほとんど覚えていない。半分死んだような状態でだったから、どうせまともなことは考えていないんだろう。これからは、一度かかったら長引いて、症状もひどくなるということを肝に銘じて、まずは予防をしっかりするということと、おかしいと思ったらすぐに病院にかかること、この2点を守ることに決めた。

 

.....こんなことでやっと生還できました。ひとつだけおぼえていることに、ブログの形式変更ということがあり、これは近いうちに実行するつもりです。また宜しくお願いします。