無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10349日

 最近やっと、新聞テレビ等メディアのデタラメさが俎上に上がってきたが、インターネット初期から、ネット情報に接してきた人たちにとっては、やっと追いついてきたかという感じだろう。佐藤栄作首相が辞めるときに、新聞記者は会見場から出て行け、国民に直接話したい、テレビカメラは前に来いと言って、新聞記者を追い出したことがあった。在任中、嘘を書かれ続けて頭にきていたんだろう。新聞記者が誰もいない会場で一人テレビカメラに向かって話していた。当時はこれが異様な光景だと言われたが、今から思えば、また違った意味で異様な光景だった。

 編集権は我々にあると豪語しているテレビを、あまりに無邪気に信用している総理大臣、それをわしらはどのようにとらえたらいいのか、ほんとうに異様な光景だ。今でこそ、ネットで暴かれるから、やらせが国民にもわかるようになったが、当時はまだばれてなかったんだろう。もし今、佐藤総理が生きていたら、画像の切り貼り、テロップの捏造、何でもありのテレビを信用しているなどと、恥ずかしくて言えないだろうな。わしもたまには見ることもあるが、初めからやらせとして見ているし、出演者が変なことを言い始めると、ほらほらまた始まったぞと、消すようにしている。なくても全く困らない。

 新聞をとらなくなって8か月になる。たまに緩衝材として、紙が欲しいときはあるが、中身が読みたいと思ったことは一度もない。拡販員というのか、新聞社とは別の集団が一回やってきて、新聞くらい読みなさいよと偉そうに言うので、丁寧に御引取願ったら、それ以来こなくなった。この拡販員というのが昔から曲者で、今はどうか知らないが、ゴロツキやチンピラのようなのがいて、女性1人で住んでいる部屋を回って契約をとって問題になったこともあった。

 わしも経験があるが、当時は29歳独り者で、怖いものなしだったから、丁寧に御引取願ったが、勝手にドアを開けて、中まで入って来て大声をあげられたら、女性1人なら怖くて契約するだろう。また、「テンプラ」という業界用語を覚えたのもこの頃だった。当時は拡販競争が激しかったようで、朝日と読売がよく来たが、読売の態度が特に悪かった。ある晩やってきた読売の拡販員が、捨て台詞を残して帰った次の朝から、読売新聞が配られてきた。何かの間違いだろうと2~3日ほうっておいたが、いつまでも続くので、ある晩、普段使っている印鑑をもって、読売の販売店を尋ねた。

 住所氏名を言って用件を伝えて、契約書を見せて貰った。やはり、知らない三文判を押してあったので、自分の印鑑を見せて、明日から入れないようにお願いした。店主は謝罪した後、こういうやり方で契約を偽造する方法をテンプラというんですよと教えてくれた。他にも苦情が入っていたらしいが、偽造した本人はもういないし、販売店も困っているようだった。いい加減なやつが多かったんだろう。あれから37年、アカが書きヤクザが売って馬鹿が読む、などと揶揄されている新聞社もあるようだが、この業界の役割は既に終わっているような気がする。