無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

2025-08-01から1ヶ月間の記事一覧

あと7512日 お盆に迎えた二つの老い

今年のお盆には、女房の母が泊まりに来た。九十三歳。足が弱く、ひとりでは歩けない。少し認知も進んでいるが、幸い外を徘徊することはない。それだけでも介護の負担は軽くなる。女房は「せめてお盆の間くらいは家で過ごさせたい」と言い、私は十四日の午後…

あと7514日 暴力、集団心理とスポーツ

スポーツの世界において「暴力」と「集団心理」は切り離して考えることができない問題である。特に日本の高校野球では、勝利至上主義と上下関係の厳格さが相まって、しばしば不健全な指導が正当化されてきた歴史がある。今回の広陵高校野球部における暴力事…

あと7517日 広陵高校野球部

広陵高校野球部の暴力事件が世間を騒がせている。だが、いちばんの問題は事件そのものよりも、学校が「こんなことが今の時代に通用する」と思っていたことにある。旧態依然の体質を放置するなら、教育に携わる資格そのものが疑われかねない。 野球部員は全員…