今の社会をみていると、間違った判断を繰り返し、国民を奈落の底につき落とし、塗炭の苦しみを味合わせた100年前の過ちを繰り返しているようにもみえてくる。あの時も、もう少し客観的に世界を見る目があれば、また別な展開もあったのではないだろうかと思うこともある。
例えば、もし日本が1940年、国際連盟に留まりつつ、満洲については話し合いによる決着をめざすことを約束し、延々と話し合いをつづけながら仏印(フランス領インドシナ)と華北華中華南から全面撤退し、ドイツに宣戦布告のうえ、陸海軍を大西洋と欧州かアフリカ戦線に派遣したいとイギリスに申し入れたとしたら、イギリスはその提案を歓迎した可能性が高かったのではないだろうか。当時のイギリスはダンケルクからの撤退直後で、ヨーロッパ大陸での足場を完全に失い、孤立状態にあった。アジアの脅威が軽減されるなら、インドや東南アジア防衛の負担も減り、プリンスオブウェールズも大西洋に呼び戻せる、イギリスにとって日本の協力は喉から手が出るほど欲しい戦力だっただろう。
こうして日本は枢軸国ではなく連合国側に立つことになる。欧州派兵により、例えば日本の機械化師団が英仏連合と共に北アフリカ戦線に投入され、イタリア軍と交戦する。また、日本海軍の艦隊が大西洋で対Uボート作戦に参加することで、連合国のシーレーン確保が容易になり、大西洋における戦争はやや早期に収束したかもしれない。
極東では、日本が中国大陸からの撤兵を実行したことで、蒋介石政権は国際的な信用を取り戻し、共産党との内戦に専念できる。この結果、内戦の帰趨が変わる可能性もある。あるいは、日本との関係修復を模索する中で、中国国民党政権との協調も生まれたかもしれない。
アメリカにとっては日本が敵でないという構図は極めて重要である。そもそも日米開戦の口実がなくなり、真珠湾攻撃も起こらず、日米開戦は回避される。このためアメリカはドイツ戦により早く集中でき、連合国の対独戦争勝利が一年程度早まる可能性がある。ナチスによるホロコーストの被害も、その分縮小されたかもしれない。
戦後、日本は敗戦国ではなく戦勝国となる。仮に話し合いで満洲と朝鮮半島を手放すことになったとしても、その代償として西側の一員としての地位を確保することになり、戦後復興はよりスムーズに進んだことだろう。冷戦初期には、日本はアジアの自由主義陣営の中核として、アメリカと肩を並べるパートナーとなっていたであろう。
結末として、第二次世界大戦は1944年中に終結し、戦後の冷戦構造は異なる姿を取る。中国では共産党が政権を取れず、日本は「敗戦の教訓」なしに高度成長を迎える。そして原子爆弾の誕生で全面戦争はできなくなる。
歴史に「もし」はないとはいえ、日本の立ち位置によっては、敗戦することもなく日米英で合計300万人以上の若者が命を落とすこともなく、更には20世紀の運命を大きく左右しうる可能性を秘めていたと言えるのかもしれない。