十代の頃、私は地方の学生寮で暮らしていた。木造の殺風景な部屋で、冬になれば隙間風が容赦なく吹き込み、夜になると布団の中で鼻先まで冷え込むような環境だった。そんな部屋で、ある晩、同室の渡辺君と二人、火鉢に炭をくべながら暖をとっていたことがある。火が起きるまでの時間は長く、冷たい手をこすり合わせて息を吹きかけていると、古いラジオからペギー葉山の「学生時代」が流れてきた。
ツタの絡まるチャペル、インクのにおい、清らかな恋や死。歌の描く世界は、どこか遠い、私たちには縁のない別世界の話に思えた。「こんな学生時代がどこにあるがよ」「まあ、わしらには関係ない世界よの」と苦笑まじりに語り合いながら、ようやく赤々と燃え始めた炭火に手をかざしていた。
そのとき渡辺君がふと、炭俵からかけらをつまみ上げ、「おんし、この炭が食えるがか」と妙なことを言い出した。冗談かと思ったが、続けて「これを食ったら千円やる」と言って、手のひらに黒いかけらを突き出した。炭はもともと木のかたまり、しかもクヌギの木で作られたものだから毒ではない。
「本当にくれるな」と2度念を押し、私はその炭を口に入れた。がりり、と硬い音がした。口中に粉っぽい苦味が広がった。黒い歯を見せてニヤッと笑うと渡辺君はちょっとあわてた様子で「悪い悪い、ほんとうに食べるとは」と笑ってごまかそうとしている。約束の千円を出す気配はない。退屈しのぎの余興のつもりで、もともともらう気も無かったが一応「千円貸し」ということにしておいた。
果たして渡辺君が今もこの出来事を覚えているかどうか。私の方は「学生時代」という歌を耳にするたびに、火鉢の赤い火とともに鮮やかによみがえる。六十を過ぎてから、同期会が開かれるようになったので、彼が覚えていたら請求してやろうと考えているが、残念ながら渡辺君は一度も出席したことがない。私の債権は、いまだに回収されぬまま時効を超えて残っている。
思い返せば、華やかな恋の思い出や学園の美しい風景はなくとも、あの頃の暮らしには、若さゆえの馬鹿げたやり取りや、凍える夜を少しでも笑いに変えようとする力があった。ペギー葉山の歌が語るような「清く正しい学生時代」とは程遠いが、その歌を聴きながら炭を食べて笑っていたあの瞬間もまた、私にとっての「学生時代」なのだ。
歌にうたわれる理想の青春には届かなくても、炭のにおいが漂う寮の一室で交わした他愛もない冗談、そして千円をめぐる未決済の約束。それらは私の記憶の奥で、今なお赤くくすぶる炭火のように、時折ぱちりと音を立てて燃え上がる。素晴らしい学生時代の思い出と胸を張って語れるほどのものではないが、炭を食った経験を持つ学生はそう多くはあるまい。そう思えば、これもまた一つ、珍しくも愛すべき青春の証しである。