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無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10823日

 この間友達と昼飯を食べにいったとき、なんで64歳で急に仕事を辞めたんだと聞かれたんで、その経緯を簡単に話したんだが、人生約30年区切りでちょうどいいかもなとか言っていたな。ほんとうは約30年区切りではなく約32年区切りだな。32歳で結婚し、64歳で仕事を辞め、最期がこれから30年という区切りなるのかな。どうでもいいようなことではあるが、その日まであと10823日になってしまった。

 最近何が楽になったかといって、ようやく死への最終の体勢にはいったと自覚できるようになったことかな。親も見送ったし、子供は独立して家庭を持ったし、女房もわしがいなくても子供たちが守ってくれるし、すっかりわしの出番も無くなったな。こういう状態がわびしいと思うじじいもいるだろうが、わしにしたらしめしめというところだな。金はないけどな。

 今でもときどき、明日は仕事に行かんでもいいんだなと改めて考えることがある。この先、今の状態のままで何の変化も無く、死を迎えることができるとすれば、それそこ本当に幸せなことだと思えるんだな。あと10823日、その死を落ち着いて迎えることができるように修練の毎日だ。1日たりとも無駄にはできない。

 

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