船乗りになろうと思って入学した学校は、今治からポンポン船で約三時間の島にあった。青松白砂の海水浴場があり、その浜辺に面して学校と寮が建っていた。
今と違って、当時は学校についての情報がほとんどなかった。インターネットはもちろん、学校や寮の様子、卒業後の進路等を詳しく調べることもできない。わずかな情報を頼りに進学先を決め、あとは実際に入学してみるしかなかったのである。
当時、学校は高等専門学校へ昇格したばかりで一、二年生は高専生、三年生は高校生という、今から考えると何とも歪な構造だった。それに伴うトラブルもあったようだ。
島という立地や、寮生活も世間から隔絶された生活を生み出していた。外部の情報がほとんど入ってこないのである。ロバート・ケネディが暗殺されたことさえ、夏休みに帰省するまで知らなかった。今ならスマートフォンを開けば、世界中のニュースが瞬時に飛び込んでくる。情報がないということが、どれほどのものだったか、今の若い人たちには想像しにくいかもしれない。
そんな生活の中で、ソニーのトランジスタラジオを買ってもらったことを覚えている。しかし、世の中の動きにどれほど関心を持っていたかというと、どうも心もとない。
当時は国家試験も、学校を卒業しなければ受験資格が得られなかった。学校の試験は一夜漬けでも何とかなったので、勉強に追われることもなく、よく運動し、よく遊んだ。学校で何を学んだかという記憶より、遊んだ記憶のほうが鮮明に残っている。
それでも、自分の選択が間違っていると感じたことは一度もなかった。ほかの進路と比較する材料もなく、世の中のこともよく知らなかったが、自分が選んだ道に疑問を持つこともなく、毎日を楽しく過ごしていたのである。
卒業して社会に出ると、少しずつ世の中が見えてきた。現実に触れるにつれ、入学したころに思い描いていたものとは、人生も違った方向へ進んでいった。
振り返ってみると、情報が乏しかったからこそ、選択に迷うことも少なかったのかもしれない。もちろん、情報がないことによる不利益もあっただろう。しかし、情報があふれる現代では、選択肢が増えた分だけ迷いも増えているのではないだろうか。あれこれ比較しているうちに、選ばなかった道のほうがよかったのではないかと思うこともあるかもしれない。
そもそも、人生の選択に正解などあるのだろうか。どれほど情報を集めても、実際にその道を歩いてみなければわからないことは多い。選んだ時点では予想もしなかった出来事が起こり、それによって人生が思いがけない方向へ進むこともある。
あのとき、別の道を選んでいたら、私の人生はどうなっていただろう。考えてみても、答えが出るはずはない。別の道を歩いた自分など、想像することしかできないのだから。
人生には、選ばなかった道が無数にある。しかし、その一つ一つを確かめることはできない。私たちはただ、自分が選んだ道を歩いていく。そして長い年月が過ぎた後、ふと立ち止まり、あれでよかったのだろうかと考える。
あの島で過ごした青春の日々も、思い描いたとおりにはならなかったその後の人生も、今となっては切り離すことのできない私自身の歴史である。
人生の選択に正解があったのかどうか、今でもわからない。ただ、あのとき選んだ道を歩いてきたからこそ、今ここにいる。
それだけは、確かなことである。

