9月28日午前8時30分、花子が永眠した。満17歳2か月だった。小型犬としては長生きした方だろう。
生まれつき股関節に問題があり、それが原因だったのか、これまで3度、歩けなくなったことがあった。それでも基本的には健康な子だった。よく食べ、よく眠り、控えめで穏やかな性格だった。誰にでも優しく、反抗したり、噛みついたりしたことは一度もない。本当にいい子だった。
昨年末頃から歩くのが難しくなり、ソファにも飛び上がれなくなった。フローリングでは足が滑るので、家の中にマットを敷き詰めた。それでも元気な頃は、毎日午後4時半になると自分のお椀の前に座って食事を催促した。女房が支度を始めると、足元をうろうろしながら吠える。その光景が17年間、当たり前のように繰り返されてきた。
その花子がいなくなった今、家の中が妙に広く感じる。
最後の3日間、花子は激しい嘔吐と下痢を繰り返した。首の右側にできた腫瘍がつぶれ、その影響もあったのだろう。すでに意識も朦朧としていた。私はただ、もう苦しまないでほしい、早く楽になってほしいと願っていた。
28日の午前4時頃、激しく嘔吐したあと、花子は突然ぐったりと崩れ、呼吸が弱くなった。そのまま戻ることはなかった。最後に一瞬、ぐっと首をもたげ、息を吸おうとした。しかし、それも叶わなかった。
私は両親の死も経験している。しかし二人とも病院で亡くなった。そこには、何かあれば医師や看護師が対応してくれるという安心感があった。
花子の死は違った。
家で死ぬということは、こういうことなのかと思った。家族には苦しみを取り除く知識も手段もない。ただそばにいて声をかけるしかないと思っていたが、実際にはそうではなかった。一晩中体をさすり、下痢の便を拭き、体を持ち上げて嘔吐させ、口の中を拭いてやる。死を待つということは、静かに時間が過ぎていくのを眺めることではなかった。
花子は最後まで苦しみに耐え、私たちもまた、その苦しみから目をそらすことができなかった。
孫たちも花子の最期を見た。その姿が幼い彼らの心に何を残したのかはわからない。ただ、命はいつか終わること、そして弱っていく者をそばにいる人が支えることを、言葉ではなく現実の姿として知ったのではないかと思う。
5年間、霊園に預けていた小太郎の遺骨も持ち帰った。今、小太郎と花子は並んで座っている。
四十九日が過ぎたら、二人を庭に埋め、小さな墓を作るつもりだ。
あの世があるのかどうか、私にはわからない。
それでも、もしそこでも犬たちが元気に走り回れるのなら、小太郎と花子は、また昔のように二人で遊んでいることだろう。
17年間、いつも家の中にいた花子。
いなくなって初めて、その存在の大きさがわかった。
ありがとう、小太郎。ありがとう、花子。

