無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10706日

 今日から女房が二男の家に、産まれたばかりの赤ちゃんの世話をしに行く事になった。11日からずっと嫁の母親が見てくれていたんだが、今日から一週間仕事の関係でどうしても家に帰らなくてはならなくなったので、その交代だな。それで今日からわし1人になったんだが、女房がいないと犬がしょぼんとして、おやつをやっても食べないこともある。わしでは代わりにはならんようだ。女房はだいたい犬と一緒にソファに座って、タブレットでゲームをしているが、わしは午後からはほとんど2階に上がっているので犬の役にはたっていないんだろうな。

 わしが女房のゲーム好きに気が付いたのは、娘が大学を卒業後、就職してnintendo-DSLiteを買ったときからだったな。昼間娘がいない間、レイトン教授○○とかチョコボ○○とか、朝から空いた時間はすべてそれらのゲームに熱中していたようだ。そのうちに、わしがパソコンゲームで上海を教えてやったらえらく気に入って、それをnintendo-DSLiteでやりたいと言い出した。仕方ないので、子供等が世話になっていたゲーム戦隊という店をのぞいてみたら、中古が新品の半値くらいで売っていたのでそれを購入した。それからだったな、怒濤のゲーム生活が始まったのは。

 ゲーム生活とはいっても、やるのは空いた時間で金もかからないから、安い暇つぶしで、こちらとしては有り難かったな。初めはたどたどしくタッチペンで消していたんだが、1ヶ月経ち、2ヶ月経つ間に長足の進歩があり、さらに半年もたつと、液晶画面を見ているのか見てないのか、画面上をすうっと流れるような、目にも留まらぬタッチペンの動きに、見ていて思わずため息がでるようになったな。結局何年これを続けたのか忘れたが、このnintendo-DSLiteの画面がタッチペンの傷跡で見えにくくなり、最後には開け閉めしすぎて蓋がぱかぱかになり、さらに保護シートに穴が開いて使えなくなったんだからどのくらいやったか想像できるだろう。娘が近所のマンションに引っ越すときに、女房がそのnintendo-DSLiteを返すというと、新しいのを買って返してくれと言っとったな。そりゃ当然だわな。わしには、何がそこまでゲームに熱中させるのかさっぱりわからんな。