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無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10663日

 今日は朝からハローワークに失業認定日再設定に行ってきた。天気は曇りだったが、ときどき陽が射すので気温もそれほど下がらず、自転車で行くには最適だったな。手続きは簡単で、すぐに次回認定日は2月8日と決まった。今日から職業相談ができると言われたので、パソコンで求職活動調をした後、早速1回目の職業相談も済ませておいた。これで、もう1回職業相談行けば次は2月8日だ。次回認定日は這ってでも行かんといかんな。

 ハローワークの帰りに、途中にある松屋に寄って牛飯(並)290円を食べたが、みそ汁もついてこの値段でだして儲けがあるのかな。牛丼と言えば、わしが初めて東京で食べたのは昭和49年に高田馬場の地下連絡通路にあった吉野家だった。間口一間くらいの店で、カウンターに椅子が10個程の店舗だった。たしか一杯100円だったと思う。通勤途上のサラリーマンが次から次へと入って来て食べていたな。味も悪くないし、店員1人でこれだけの客をさばいたらかなりな収入になるなとわしも感心したのを覚えている。その後も10年近く吉野家には随分お世話になったが、一度親父が仕事で上京した時、池袋西口の吉野家に連れて行ったところ、こんなからいもんは食えんといって、半分くらい残したことがあった。あの当時親父は50代後半だったと思うが、今のわしが、関東の味付けは濃すぎて食えんと思うのと同じだったんだろう。年をとると感じるようになるんかな。

 今回の旅は5人で行ったんだが、観光地を巡ったり、温泉旅館に泊まったりするのなら、1人旅にくらべると確かに楽しいと感じることもあるにはある。だが、わしにとって1人旅は楽しむためのものではない。最大の目的は神社の参拝なんだが、1人になって自分を見つめ直す、さらに言えば自分との対話ともいえるかもしれない。1人で旅をすれば、当然心細い事もあるし、弱気になることもある。いくら虚勢を張ったところで自分の気持ちはごまかせない。1人旅とは虚飾を廃し、あるがままの自分に気づく旅だともいえるのかもしれんな。

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