無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10749日

 最近「君の名は」というアニメが流行っているそうだが、わしはてっきり昔のラジオドラマや映画のリメイク版かと思っていたんだが、そうではないんだな。さすがにラジオドラマは覚えてないが、放送中は風呂屋の女風呂が空っぽになったという話が伝わっているくらい人気があったようだ。春樹と真智子が会えそうで会えないという話のようだが、アニメも同じようなパターンなのかな。わしは見ないけどな。

 「君の名は」で春樹と言えば後宮春樹だが、わしの学校の体育の教官で、春樹と呼ばれている人がいた。昭和43年に入学した時、上級生がその教官を春樹と呼んでいたんで、わしはてっきりそれがその人の本名かと思っていたんだな。暫くしてそれがあだ名だということがわかり、これはひょっとしてあの「君の名は」と関係があるんじゃないかと思いあたったので、上級生に聞いてみた聞いたところ、やはりその通りだった。なにせその人の姓が小田宮だったからな。知ってる奴ならピンとくるだろう。本人は嫌だったようだが。

 わしの親父は映画や流行歌と焼酎が好きで、結構開けていて、じいさんには碌な奴じゃないと怒られていたらしい。今でこそ焼酎は立派な飲み物になっているが、昔は自慢できるものではなかったからな。若いときから家を出たので、田舎の百姓だったじいさんとはあまり合わなかったようだ。そんな関係でわしも小さい頃からよく映画には連れて行ってもらった。当時一番恐ろしかったのはやはりタイガー劇場でみた初代ゴジラだったな。あんなのがでてきたらどうしようと、夜も寝られなかった。もう1つはライオン館でみた、天地茂がでていた四谷怪談だな。これを見た後は1人でトイレにいけなくなったし、うちの近くを小さな川が流れていたんだが、夜、側を通る時、今にも上流からお岩さんと坊主の打ち付けられた戸板が流れてくるんじゃないかと、それは怖かったな。

 今は映画館はほとんどなくなったが、当時は市内だけでも東映、タイガー、セントラル、松竹、ライオン館、国際劇場、スバル座、オリオン、本町劇場、第一劇場、東劇、名画座、大劇、松劇、銀映とあったし、しかもそれがすべて満員になっていたんだからすごい人気だったんだろう。スポーツ、セックス、スクリーン。これは戦後GHQが日本人を骨抜きにするための3S政策だが、知らないうちに完全に取り込まれてしまったんだな。