無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと10472日

 子供は、大きくなったら何になりたいとか、よく言うことがあるが、みんな当然、何かの職業につくことを考えて、あの職業につきたい、この職業につきたいと希望を述べていることになる。しかし、わしらの子供の時代は、多くの母親は専業主婦で、外に職業をもっている人は少なかったので、わしも、女性は当然そうなるものと、漠然と思い込んでいた。小学校4年生のとき、クラス全員で、何になりたいかを述べ合う時間があった。皆それぞれ、学校の先生になりたいとか、医者になりたいとか、勝手な事を言っている中で、Yさんという女の子だけが、自分は大きくなったら、母のような家庭の主婦になりたいと言ったことがあった。

 これを聞いて、なぜか、女子も含めて多くの子供から、ええっと、どよめきが起こった。漠然とであれ、女の子は大きくなったら、母親になり、主婦になると思っていたはずなのに、改めて、主婦になって家族の面倒をみたい、それが私のなりたい職業だと言われると、なんか違和感を感じた。この時のことは、今でもはっきり覚えているが、恐らく子供等にとって、家庭の主婦は、なりたいもの、即ち職業の範疇に入って無かったのではないだろうか。特に希望してなるものではなく、今の生活の延長線上に、当然あるものという意識だったのかもしれない。

 わしは1年4ヶ月、家事を少しやったくらいで、偉そうに『主夫』と名乗っているが、こんなことで『主夫』などと名乗っていると、更に子供の面倒や、親の介護などこなしている本物の『主婦』『主夫』の皆さんに叱られそうだ。若い頃、おふくろはずっと家に居るんだから、社会の事は何もわからんだろう、などと偉そうなことを言って親を泣かしたこともあったが、今から思えば、主婦を完璧にやるために、いかに自分を犠牲にしていたということがよくわかる。

 おふくろは、わしなんかより頭も良かったし、わし等の前で表に出した事はなかったが、弁もたち、理路整然と話をすることができて、村の青年団でも、かなう者が誰もいなかったと、人から聞いた事がある。もう45年も前になるが、従兄弟が、わしの知り合いの青年と、結婚することになったが、相手の家が格式のある家らしく、どこの馬の骨かわからんような家の娘はだめだと言われたことがあった。それを聞いたうちの一族は、とんでもないことをぬかすやつだと怒ったが、さて、誰がそれを談判に行くかということになると、男は誰も手を挙げない。そこで、あの人なら大丈夫だろうと、白羽の矢がたったのが、うちのおふくろだった。

 おふくろは鉄道を乗り継いで、一日かけて相手の家に行って、そこの親と話合いをした。その中身については少々漏れてきたが、なかなか痛快な内容だった。それが終わったあと、格式云々と言っていた相手が、結婚を認めたんだから、完全に説き伏せたんだろう。数年後、その家を尋ねたとき、おふくろと話した当人に会うことができた。開口一番「あなたのお母さんはすごい人だったな。参ったよ。」と言われた。

 わしも、そういうところは、おふくろに似たらよかったんだが、今だに電話が嫌だとか、人前で話すのが嫌だとか言っているんだから、世の中うまくいかないものだ。