人の記憶とは曖昧なもので、前回のブログで書いたゆきちゃんについて、大きな間違いがあることがわかった。自分の親がいたら確認すればすぐにわかることだが、その親はもうすでにいない。親を亡くすということは本当に自分の過去をなくすことだと実感している。
先日、すでに独居老人として民生委員の見守り対象となっている、私より2歳年上のSちゃんを尋ねた時に、ゆきちゃんのことを聞いてみた。64年前の当時のことを知る人はほとんどいなくなったが、Sちゃんはよく覚えていた。
Sちゃんが言うには、ゆきちゃんはNさんの子供ではなく、Nさん宅に間借りしていたTさんの子供で、お父さんとお姉さんと3人で暮らしていた。お母さんはゆきちゃんが小さいとき亡くなっていた。ゆきちゃん自身は広島のほうにお嫁に行ったということらしい。
ゆきちゃんのお父さんのTさんが、Sちゃんのお父さんが経営していた工場に働きにきていた関係で、あの一家のことはよく覚えているので、記憶違いはないと断言していたから、間違いはないのかもしれない。
そういわれると、そうなんだろうと納得せざるを得ないが、それではあの着物姿で麦畑の横の道を歩いて、映画を見に行っていた人は誰だったのだろう。
それに、母親から聞いたとして記憶している、白血病で亡くなった子供とは一体誰のことだったのだろう。
ゆきちゃんが亡くなった時、近所のYちゃんが泣いていたという話も誰かから聞いて覚えているが、これも夢だったのだろうか。
映画館まで一緒について行ったK君にも確認してみようとは思うが、おそらくこんなことは忘れてしまっているだろう。
昔の記憶に関しては自信をもっていたんだが、その自信も一気に揺らいでしまった。
結局記憶と言うものは連続した一つの塊として独立して存在するものではなく、ジグソーパズルのような断片的なものの組み合わせで、過ぎていく時間の流れの中で自分が好む形に組み上げていくだけのものかもしれない。
自分にとって現実とはこの瞬間だけで、その現実も過去の中に組み込まれた瞬間に一つのピースとして漂っていく。そのピースを拾い集めてそれぞれがそれぞれの記憶を形成していくとすれば、ゆきちゃんのことも、Sちゃんと私とでは違ったピースを使用していたということになるのだろう。
昔の記憶をたどる時、蘇った記憶は自分の中では現実になる。確かにあの時ゆきちゃんと映画に行ったし、ゆきちゃんは薄幸の人で、若くして亡くなった。母親からも聞いたし、近所の人からも聞いたことがある。だが、それらもすべて、漂う1つのピースにすぎなかったということだろうか。