無駄に生きるとはどういうことか

うちの一族はがんで死ななければ94まで生きると、叔父の葬儀の日に叔母にいわれた。聞いてみると確かにわしの親父他何人も94で死んでいる。そこでわしも94の誕生日に死ぬと決めて、それまでの日数をあと何日と逆算し、切りのいい64で仕事も辞め、死への準備にかかった。その日々をブログに書いている。

あと8395日 最悪の戦場に奇蹟はなかった

ガダルカナルインパールと言えば大東亜戦争中の最も悲惨な戦場だといえる。ジャワ天国、ビルマ地獄、生きて帰れぬニューギニアと言われたニューギニアが、あるがこれは生存者も少なく忘れられた戦場として別格だ。

そのガダルカナルインパール両方に参加した部隊に「菊」第18師団歩兵第124連隊があった。ビルマ戦記を読んでいると「菊」は最強師団として紹介されているのでよく知られているが、高崎伝著「最悪の戦場に奇跡はなかった」を読んだ当時、ガダルカナルで舟艇機動を行った連隊が124連隊だったことを再認識した。

将校や下士官の書いた本はたくさんあるが、元上等兵の書いた本は珍しい。著者の高崎伝氏は昭和15年現役入隊とあるから、私の父親と同世代ということになる。最前線の兵隊が経験した楽しいことも悲惨なことや辛いことも淡々とした筆致で描かれていて非常に読みやすい。

ガダルカナルにしてもビルマにしてもそうだが、戦争経験のない作家の書いた戦記は、内容は綿密に調査しているので正しいのかもしれないが、それは戦闘詳報に書かれてある事実であり、戦闘参加者本人から聞き取ったとしても伝聞にすぎない。作家の思想によって内容が捻じ曲げられる可能性もある。

人数が一番多かった兵隊が何を考えてどのように戦っていたかなどということは、兵隊本人が語らなければ、戦国時代に戦に駆り出された農民がどのように戦ったかなど、現在では想像もできないのと同じように、歴史の中に埋没してしまう。

昭和15年現役入隊の著者の世代は兵隊の中では年齢も若く、大東亜戦争の最前線で中心になって戦った世代だったともいえる。この世代の人でも生きている人はほとんどいないだろうから、大東亜戦争経験談を書ける人はもう二度と出てこない。文庫本として誰でも読める形で存在することは大きな意味があると思っている。